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2016.12.07

目次となります

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index   

   

2015.08.15

二代目ではなく、一人の経営者として自立したという思い

売上、利益率アップ

もはや二代目は終わった。
私は二代目社長にひどくコンプレックスを持っていた。
それ以前に、私自身の能力に自信が持てなかった
今は違う。
親父を超える売上、利益を上げることができたし、社員も私に従うことに戸惑いを覚えなくなってきた。
逆に、私を盛り立てようとしてくれている。

仕事が楽しい

会社に行くことが楽しみになっている。
カリスマ社長はよくどの社員よりも早く出勤するという。
その気持がわかる。
仕事が楽しくてたまらないのだ。
ワーカーホリックというものではない。

燃えて仕事をしている時の充実感といったらない。
ましてや、利益としてその努力が跳ね返ってきた時の、清々しさ、達成感はなんともたまらない!
仕事は私の生きがいだ。

そして社員のためにも頑張りたい。
彼らを幸福に導いてやりたい。
いままでは、私のことだけで精一杯だった。
そのため、社員にも不安に思わせてしまった。

暗黒時代の終焉、二代目の終わり

私は色々なことがわかってきた。
それまでは何をやっても、成果なんかあげられなかった。
どうすればいいのか皆目見当がつかぬ状態だった。
物事が少しずつ見えてきた。
重く垂れ込めた黒い雲の隙間から、光が差し込んできた感じだ。

その光がどんどんと大きくなるとともに、私の二代目としての劣等感も薄らいでいった。
親父の影に怯えることもなくなった。

自分を確立できてきた。
「私は私だ」と心底楽に思えるようになった。

そうなると、あら不思議、売上も利益も上がりながら、会社の空気もすごく風通しが良くなった。
憑き物が落ちたような感覚は本当に清々しかった。

ピンチはチャンスでしかない。逆境は乗り越えられる

私が今までやってきたことは、たくさん道を誤ったり遠回りをしてきたけれど、間違いではなかったし、今に集約して得るものなんだなと思う。

今、どの立場にかぎらず、先が見えない状況の中、暗中模索しているビジネスに関わる人に言いたい。
今苦労してもがいていることは、必ず先に生きてくることを!
心が折れそうになっても、踏みとどまっていれば、光が射してくることを!

私は二代目から卒業できたと思う。
二代目経営者はバカだのアホだのボンボンだの無能だの、様々なレッテルを貼られている。
でも、そこに甘んじていてはいけない。
経営力を向上させなければならない。
そのためには、経営術を身につける必要はない。
まずベースとなるのは、あくまで社長自身の個人の器量なのだから。

自分をまず確立しないといけない。
絶対感を持つことがなければ、一生レッテルを貼られて、その中で劣等感を感じながら生きることになる。
今が変わるチャンスだ。

苦しい時は変わるチャンス、神様がそんな舞台設定をしてくれている。
苦しいことはいいことだ。
次のステップに進めるエネルギーを与えてくれるのだから。

もし私が二代目ではなかったら、一生仕事が楽しいなんて思わなかったし、ぬるま湯につかったろくでもない人生になっていたと思う。

すべてのものに感謝をしたい!

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2015.04.15

社長はいくら虚勢はっても潜在意識だけは騙せない

利益を出し続けることの難しさ

経営者は利益を上げ続けなくてはいけない。
一代目社長の親父は、ゼロからの出発だったから、毎年純利益が上がっていった。
私がバトンを受け取った時、その伸び率を維持することは難しい状態だった。
少なくとも私はそう思い込んでいたし、社員も私が社長だからという理由もあるが、難しいと感じていただろう。

途端に私は守りの姿勢に入ってしまった。
もともとの弱気がそれに拍車をかけ、どうにか会社が傾かないようにだけ心を尽くした。
社員もこれを維持して、会社がそこそこの利益を上げて、自分たちが不自由無く暮らせればいいと思っていただろう。
完全に斜陽な会社が陥る罠にはまっていた。

二代目でも創業社長より利益をあげられる人もいる

どんなにストレスになっていたか。
どんなに努力しても頑張って働いても、暗黒面しか味わえない最悪な時期だった。
だが二代目社長で、一代目をはるかに上回る業績をあげている者がいる。

守りに入ろうとしないで、積極的にしかけていく、その気持ちが先代を超える存在にしていったのだと思う。
そりゃあ、私も守りの姿勢は良くないと頭ではわかっていた。
誰だってそう思っているだろう。

しかし、実際に自分をそういう方向で走らせることは至難の技だ。
そこで二代目社長の器量が決まってしまう。
自分で限界を決めてしまうのだ。
おそろしい、まったくもっておそろしい!

自分で限界を決めてしまう思い込みの恐怖

私は「親父を超えることはできない」と、そう思いたくないと考えていても、潜在意識では勝手に思いんでいた。
潜在意識や無意識はこれ以上ない位厄介だ。
暗黒時代、完全に自分の思考に自分の行動が支配下に置かれていた。
しかも潜在意識から、奴隷根性のように染み付いていた。
だからどうあがいても、私は私を変えることができなかった。

修験道、瞑想、自己催眠、自己啓発、さまよい歩く二代目社長

修験道、瞑想、自己啓発、書物、自己催眠・・・・・
やればやるほど無力感を味わった。
潜在意識、無意識を変えると立派な謳い文句をしているところでさえ、まったく後に味わう体感と超越的な効果に比べれば、子供騙しもいいところだった。

潜在意識、これは一朝一夕にできあがるものではない。
だから、威力のない潜在意識アプローチ法では、強固に構築された私の弱気など何の効果も持たなかった。
一時的に気分が高揚したこともあったけれど、私の潜在意識はすぐに元どおりにしてしまった。

社員にマイナスの影響を与える社長

何度も書いたが、私がいくら虚勢を張っていても、私の弱気はそのオーラとともに周囲に悪影響を与えていただろう。
社員を導けるのはトップの心意気だけだと思う。
それがまったく足りていなかった。

人間は、自分の無意識や潜在意識といったコントロールできないものの支配下に常に置かれている。
会社が伸びるのもポシャるのも、すべてトップの意識・無意識によってだ。
恐ろしい、まったくもって恐ろしい!

大嫌いだった先代社長を認められる日

親父は強烈な人間だったが、潜在意識の底から「俺がなんとかする!」という強さがあった。
親父のことは嫌いだったが、今ではそこだけ認めている。

おかげさまで今じゃ、親父よりも稼ぐことができるようになっている。
そのため、親父が小さく見えたと同時に、別の意味では親父の良さを素直に認められるようになった。
そこは自分でも成長できたと思う。

潜在意識から、どうしても弱気がつきあがっていた状態が、特に無理して力を込めること無く、素直に積極的な姿勢で仕事ができるようになった。
楽だけど力が発揮でき、仕事も私生活も充実している理想的な形で生きられるようになった。

頑張っても頑張っても先へ突破できない状態から比べたら、なんて今は幸せなことなんだろうと思う。
ただし長続きはしない、また苦境が来る、このことだけは肝に銘じておきたい。
ビジネスは一寸先は闇だ。

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2015.01.15

親父が小さく見えた時 2代目社長が1代目を超えた時

大きく見えた創業者の親父の背中

私にとって親父の背中は恐ろしく見え、ある意味頼もしくも見え、ある意味では自分がちっぽけに思えるほど、強靭に見えた。
私は彼を超えることが出来るのか? そう自問自答し悩んでいた時、どうしても強靭な大きな親父の背中がますます大きく見えていた。

同時に反射神経的に、私自身の頼りなさを思い知ることでもあった。
背は小さい親父であったが、その背中は私にとって恐怖だった。

先代社長が大した事がないと思えた時

そんな自分がちっぽけに思える心象風景が、いつからか変化していった。
親父の背中がとても小さく思えた時があった。
それは、いつも親父を前にすると萎縮していた心が解放された瞬間でもあった。
その時、私は初めて自分の足で人生を歩める事ができたと思う。

その自由と解放感!
私はそれを求めて、ずっと瞑想をやり自己啓発をやり、様々な悪戦苦闘をしてきたのだ。
今までの苦労が報われた瞬間だったと思う。
私がやってきたことの苦労が報われた時だった。

親父を超えたと思える瞬間

岩波先生の技術とコンサルティングのおかげでもあるが、岩波先生もある時、自分の強烈な個性を持つ父親が小さく見えたという。
息子は父親を超えなくてはいけない時があるのだ。

私が社長業についても、ずっと私は親父の精神的支配下、抑圧下にあった。
社長というものの名ばかりで、私自身の能力、人間力のなさが一層浮かび上がり、生きた心地なんてしなかった。

だが、岩波さんの脳覚醒技術と経営者向けのコンサルティングを受けて、今までと違う風を感じ始めた。
プログラムを受け続け、心の抑圧、精神的枷を外し、プラス暗示を本能に叩きこむことができ、自分自身強くなった実感を少しずつ積み重ねていった時、こんなことが起きた。

私と親父は口論をした。
以前は口論などできなかった。
一方的な説教になっていただろう。

だが、風向きが変わった。
親父もまさかここで口答えを私がするとは思わなかったのだろう。
むっとしたような意外なようななんとも言えない表情をした後、飼い犬が反抗した時の飼い主のように、再び支配下に私をおこうと強圧的な態度をとってきた。

親父との対峙、私の中での勝利感

その殺気を感じるやいなや、今までの私はそれまでのシミュレーションなど吹っ飛び、萎縮してしまっていた。
そんな自分が嫌で後で死ぬほど後悔をし、自己卑下をするのであったが、私には芯の部分に確固たる強さを感じていた時だった。

ここで人生が変わる、変えてみせる! それがごく自然に、そして強く私の心を包んでくれた。
空回りしていない自分をはっきり悟ることができていた。
今まで感じたことがない充実感と覚悟と勇気に、私が一番意外に思いながらも、親父に言い返した。

おそらくただの暴発的反論ではなく、理路整然整った上で、言葉の力、説得力も乗っていたのだろう、親父は私の気迫?に飲まれてか、私を観察するような表情で、私の言い分を最後まで聞いていた。

その時、親父が私を認めたのかどうかは定かではないが、私は人生で初めて、親父を前にして、自分の言いたいことをと洗いざらい述べることができた。

それでも親父は頑固者だ。
やはり反論してきた。
否定的な言葉を猛然と浴びせてきた。

しかし、私はそれに萎縮することなく、私自身の考え、やりたいことを主体的に述べた。
気持ちを込めて、親父以上の胆力を持って。
それができたことに私自身がびっくりしたが、親父は私を試すかのように、再び反論してきた。

大きく見えている人物は、本当に実態以上に大きいのだろうか?

 

もしかしたら、私の変わりようを驚きつつも認めたのかもしれない。
とにかく親父の反論がガキっぽく、古臭いものだと私は感じた。
「ああ、親父も一皮むけば、小さいところもあるんだな」と感じた。

その時、今まで強靭強大にしか思えなかった親父の存在を小さく感じることができた。
その時の口論は結論が出なかったものの、私の変化を感じ取った親父は、それ以降、次第に口を挟まなくなった。


古参社員へも気持ちで上回れるようになる

この結果、私は最高に実のある自信を強さを身につけることができた。
親父の代からの古参社員に対しても、萎縮することはどんどん無くなっていった。
所詮は、といったら申し訳ないが、雇われた社員だ。
人事決定権は私にある。

いくら能力があろうが、経験が豊富だろうが、私は先頭で引っ張らなくてはいけない。
サラリーをもらう人間と責任を一身に引き受ける立場、そう考えると、全てが小さいことに思えるようになった。

私の責任感に比べたら、古参社員のそれとは比べ物にならない。
背負っているものが違う。
それに、私は「できる」力を持っている。
萎縮する必要なんてない。

強くそう信じられるようになった。
だましだまし自分に言い聞かせていたことが、心の底からそう思えるようになった。
親父への精神的従属から脱却できた。

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

______________________

2014.10.21

あがり症の弱点と弱い自分と強圧的な親父

立場・肩書をなくしたら、丸裸の私

社長である前に、その虚飾を脱ぎ捨て一人の裸の人間としてみた場合、私はあまりに弱くもろく不安だらけで自信がなかった。
運良く二代目社長としてあとを継ぐことができただけの話で、なんら人間力も仕事力もメンタルタフネスもない小さな小さな存在だった。

それが嫌で嫌でたまらなかったら虚勢を張って頑張ろうとしたが、万が一周囲の人間をだますことができても己の心だけは騙せなかった。
もちろんその過酷な現実を受け入れるだけの度量が当時はなかった。
かといって現実と理想のギャップは厳然として存在していたわけで、それだけで私の心は軋み始めていた。

 

現実を受け止めることは過酷だ

親父の代からの古参幹部や古参社員の中で(それも社畜としてではなく自分を持っている者達)、勘が良い人間は私のその薄っぺらい人間力を見通していただろう。
だからいくら頑張っても彼らの受けは良くなかった。
当たり前だ。
私は、それだけの人間だったから。

ただそれは今だからこそ自分はみみっちい存在だったとか、虚勢を張っていただけの自分がない人間だったと言えるが(それは今精神的余裕と自信があるからだ)、当時はもう恐ろしくて恐ろしくて現実を見られなかった。

ちっぽけな私を直視するには私はあまりに弱かったし自信がなかった。
そこから目を背けて、いくら瞑想修行をやろうが修験道をやろうが、根本がもろいのだから効果がなかったのもうなづける。
本を読んでも同じことだ。

思えば私の今までの自己啓発的行動は、自分を強くするためもあるが、自分の弱さをおざなりにして、体裁だけ繕ってどうにかよく思われよう、強い人間だと思われようとしていただけの小細工に思える。

私のコンプレックス、緊張のしやすさとあがり症

私にはたくさん弱点があった。
その中でも人前に立つだけで体が震えるほど緊張しやすかった。
つまりあがり症だったのだ。
説得力のある言葉を社員たちの前で、しかも古参社員の前で吐けるかといえば決して無理だった。

変に思われないように場を取り繕っていただけの訓示だったし、魂のある言葉なんか当時の私には無理だった。
先代社長の親父は違っていた。
叩き上げの親父の言葉は重みがあった。
そこに私はコンプレックスを持った。
いや以前からコンプレックスを感じていた。

親父への萎縮があがり症を作る


私があがり症になったのも親父の強圧的な態度が発端だった。
子供時代から親父の圧力に怯えていた。
親父が在宅時、食卓についたら、自分があまり礼儀作法がないくせに、子供にはとにかく厳しかった。

じゃあ親父のマナーはどうなんだと指摘したかったが、そんなことをしたら鉄拳制裁だった。
とにかく自分が絶対的正義、家父長的、封建的な存在だったから、私はすっかり萎縮してしまった。
親父が在宅時は飯も喉に通らないくらいストレスが強かった。

だから出張や仕事が忙しくて家にいない時、本当に伸び伸びできた。
もちろん鬼の居ぬ間の洗濯だったし、親父が戻ってきたらすべてが張り詰めた空気になるのはわかっていたから、内心親父がいなくても怯えていたのだが。
だからあんまり子供らしい態度を親父に示したことはなかっただろう。

幼稚園までさかのぼったら、過去の写真を見る限り、珍しい親父の笑顔と私の無邪気な笑顔があったわけだから、一家団欒的なぬくもりもあったかもしれないが、物心ついてからはそんな記憶は殆ど無い。
とにかく親父への萎縮は、そのままスライドし、人前での萎縮につながった。

緊張をコントロールできなかった

私はとにかく人よりあがりやすかった。
足がガクガク震え、人前に立つと声もか細くなるタイプだった。
冷静な頭なんかなくなるし、焦って普通を装うために頑張ろうとしても、余計力が入って緊張してしまっていた。

そんな人生だったのだから、特に古参社員を前にしては、喉が締め付けられたり呼吸が息苦しくなり、とにかく萎縮してしまった。
こういう弱点を受け入れる度量がなかったから、臭い物に蓋をして生きようとしても、私の弱点を見透かすような人間(と私が判断した人間)は特に苦手だった。
そういう人間と話すだけでも緊張感が半端無く襲ってきた。

これでは親父を超えることなんてできないし、しかし私の社長という立場上、どうしても社員を導いて、業績を上げ続けなくてはいけないというプレッシャーの板挟みで本当に苦しみ続けてきた。

二代目社長の苦しみはなった人間のみわかる

よく二代目社長は「楽に社長になれていいですね」と羨ましがられたり、裏の意味でやっかみというか蔑みの言葉をかけられるのだが、あのプレッシャーだけは体験した人じゃないとわからないだろう。
産みの苦しみを味わい、失敗をものともせず邁進し続けた親父はたしかに凄いが、それとは別の苦労がある。

それに二代目だろうが、新しく生み出さなければいけないことはたくさんあるのだ。
思い返すに、当時の弱かった私は、そんな土台の自分だったのだからいくら強くなろうとあがいても無理だったはずだと思う。

メンタルタフネスを獲得する秘訣

今も苦心惨憺でそれでも頑張っている人も多いと思うが、私が遠回りをしてしまった轍を踏まないように、もし弱点があっても土台から自分をしっかりと見つめなおす覚悟と強さを持って、その上で自分を啓発していくべきだと思う。

時間は限られているし、精神的強さというものは時間が解決してくれないものなのだから。
自分は弱い人間、だからこそ強くなれる。
強い人間は、自分が弱い人間だと誰よりもわかっている人間だ。
本当にそう思える。

参考サイト:メンタル強化方法

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2014.10.13

二代目社長は失敗を怖がる 恐怖症だった私

なぜ失敗をあれほど恐れてしまったのか?

私は極度に失敗を恐れていた。
二代目社長に就任する以前からも筋金入りの失敗恐怖症であった。
そんな人間だから、失敗したら人から舐められる、特に古参幹部からは・・・・という恐怖に怯えていた。

だから冒険もできないし、どうしても守りに入ってしまう。
二代目社長は失敗を恐れるという傾向があるらしいが、それもそのはず。
一代目は多くの失敗を経験して、成功がその失敗の数々を上回れたから、会社が発展して行ったという事実がある。

しかし二代目社長は、一代目ほど失敗への耐性と覚悟がない。
どうしても失敗しないで成功だけをおさめようとする情けない考え方になってしまう。
私もつくづく今から考えて呆れるほど失敗への恐怖があった。
心が守りに入り過ぎていた。

二代目だから不安に思われていたのではない。私が不安を与えていた

これでは古参幹部も社員も私について行こうとしても不安に思ったことだろう。
不安に思わせて当然なことを私はしていたのだ。
それを当時は全く気がつかずに、彼らからよく思われよう、認められようとしていたのだから、何をしても当然うまくいかないはずだ。

こう書いていて思わず苦笑をしている私がいる。
うまくいかないのも運や巡り合わせが悪いのではなく、当然の流れなのだ。
私だって失敗を恐れて守りに入っている人間のことを気に食わないと感じる。
それが自分の人生において多くを占める会社組織の社長がそんな存在だったとしたら、不安に思わないわけがない。
しかし、失敗を恐れなくなるなんて、頭でわかっていても感情がついてこないものだ

インスピレーションを得て、廃墟から立ち上がる


そこで私は岩波先生の元で、『失敗を恐れて守りに入って何もかもうまく行かなくなった流れ』を深い覚醒トランス意識で心から気づく整理作業を行った。
それにより、私は恥ずかしいほどの心構えで社員と仕事と親父に向き合っていたことに真に気づくことができた。

これではうまくいかないのも当たり前だという気持ちになれた。
インスピレーションがぽっと生まれた感覚だった。
脳覚醒トランスの威力なのか、不思議とこの時に私はすごく心が落ち着いた。
いくら瞑想、修験道、精神修行や自己暗示をやっても得られなかった心の余裕を実感できた。

人は弱さを認めることができた時、強くなれることを実感できた。
そして次にモチベーションが湧いてきた。
いままでは私は二代目社長としてでなく、一社会人としてひどい存在であった。
ならばこれから巻き返してやる。
こういう過去の自分を認めたうえでの、廃墟から立ち上がる人々のようなモチベーションだった。

私の人生は私のものである!

岩波先生の暗示もそれを後押しするものを入れてくれ、社長になって一番のモチベーションがガンガン湧いてきた。
怖いものはない、失敗も恐れない、攻めの姿勢だ、主人公は俺だという気持ちが定まった瞬間だ。
失敗など糞食らえだ、それを怖れるみみっちい人間だから誰もついてこないのだと。

私の反撃が始まった。

参考サイト:「気づき」と「悟り」(岩波の言葉・講演集より)

Hr4priyadarshikunal
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2014.10.10

自信を持とうとしても自信が身につかない残酷な現実

自信、先代社長にあって私にはなかったもの

自信、つまるところ私に足りないものはそこだった。親父にあって私にないものはそこだったし、親父が私に感じていた頼りなさもそこだった。
しかし、私は知っていながら直視することを避け続けた。
そのつけは必ずやってくる。

自信のなさを知識でごまかそうとし、自信があるように見せかけ、去勢を懸命に張って、それでもどうしても私の心の底にある自分だけは騙せなかった
この見栄とはったりと演技の狭間で私はクタクタに疲れていった。

人間は自分の器以上のものを人に見せようとしても長続きできないものだと気づくことはできた。
そのギャップを埋めるために私は精神世界に興味を持ったのだが、どんなに己の内面を見つめても、自信だけは自動的に増加することは一切なかった。

マイナス暗示がかかる

自己暗示を無意識に入れ込もうとしても、自分を騙しきれなかった。
逆に自信のなさや気後れを認識しただけに終わった。
自分を知ること、特に自分のマイナス面を知ることは残酷なことだ。
私を強くするはずの自己暗示もマイナス暗示にかかったような結果になった。

自信、望んでも遠のくもの

実に精神の世界は難しい。
自分が望んだことと逆の結果になってしまう。
それに自信などいくら本を読んだところで、決して身につかないもの。
自信のある人間の前に来ると、私はそれだけで心が萎縮した。
精神修行の結果がそうなるなんて思ってみなかったが、やはり現実は残酷だ。

参考サイト:自信を得られない理由 人生喪失の恐れ

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2014.10.05

人間力を高める メンタルタフネスを獲得する方法と岩波先生のこと

人間力を高める方法を探して

メンタルを強化するために私がやってきたことを書いてきた。
どれも悪戦苦闘ばかりで効果が出なかった。
これは私の不徳の致すところだ。
だが、誰でも劇的にメンタルを強化したいと思った時に、それが可能な方法はあるのか?
ありそうだが、なかなか見つけられなかった。

もちろん他力本願では絶対にダメだ。
メンタルはあくまで自分のものでしかないのだから。
それを人様に強化してもらおうとすること事態、間抜けの考えることだ。

だが、あえて言わせて欲しい。
最後のところは自分で(メンタルタフネス強化を)やる、やりぬく、ここをしっかり持った上で問題になるのは、その方法だ。

皆がやっているメンタルタフネス強化法  

残念ながら私には効果的な方法が見つからなかった。
そして今でははっきり断言したい。
私が今まで経験してきたメンタル強化の方法やノウハウや技術は、あまりに威力がなかった。

ありきたりのものをやっていたって、人と差はつかない。
みんなやっているのだから。
本を読んでも、みんな読んでいるのだから差がつかないのと同じことだ。

私がどれほど親父を超えるために挑戦してきた方法では、やればやるほど親父との差を感じるばかりだった。
いいこともあったが、そんなことをやっていたら、一生うだつの上がらぬ二代目のボンボン社長として、社員からもバカにされ、経営者仲間からもアマちゃんだと思われて、自分に自信を持てないまま、肩書だけ立派でプライドだけ高いくだらない人間として、老人になって死んでいっただろう。

死ぬ時に親父の影とパワーに一生怯えて生きたことを嘆くだろう。
そんな人生は嫌だ。
今だって嫌だ。

だが方法はなかった、俺が強くなるための方法が!
どれだけ暗中模索したことだろうか。

メンタルタフネス獲得 上には上がある

しかし、世の中は広い。
びっくりするような施術方法が世の中に存在していた。
岩波先生の開発した脳覚醒トランス技術だ。
親父のパワーでさえ、その鬼才の強いオーラには負けるぐらいの強い個性を持っていた。
ただすごいオーラを放っているだけではない。
何より圧巻なのが、その人の奇跡的なメンタル強化手法だった。

脳覚醒技術やトランス技術や心理脳内訴求技術と称されているその技術を開発したのが岩波先生だ。
そのプログラムを受ける幸運に恵まれた。
なぜそこまで考えついたのか、しかも一人で!というような技術だ。

世界最高だと感じる威力

私が経験してきた自己啓発や瞑想など話しにならないぐらい圧巻のレベルと効果。
脳が変わる、180度!
その強い衝撃的実感とただただ圧倒される自分の脳内革命状態は、自己啓発や瞑想と比べては絶対にいけない。

常識で凝り固まっている私の脳みそがパカっと開いた。
そして私の脳のターボエンジンに点火するためのスイッチが押された感じだった。
その爆発力、そして深さととんでもない気持ちよさ!
情動がむき出しになっているだけに、暗示がダイレクトに潜在意識に入り込んでいく。

岩波先生の「施術方法」に出会って初めて、私は自分を変えられるツールを持てた。
ずっと探し求めていたものに出会えた。
苦労してきた分やっと報われたと思った。

岩波先生の百戦錬磨の経験に裏打ちされたアドバイス

岩波先生には感謝の言葉もない。
その圧倒的体験もそうだが、岩波先生のコンサルティング能力も抜群だ。
ただの感覚を与えるだけの人ではない。
ちゃんとその裏付けにしっかりしたものを持っている。
発想も違う角度から物事を冷静に見られる脳を持っている。

こんな人がいたのか!
ずっと私のように、自分を高めようと追い求めてきた人なら驚きと感動の両方を味わうだろう。

強くたくましく変化してく自分、すがすがしい気分

プログラムを受けるにつれて、私は強くなれた。
私が自分で作っていた固定観念を完全に破壊することができた。
つまり親父をも、ある部分では超えたと言っていい。
親父は親父の凄いところがあるが、そこに劣等感を感じる私ではなくなった。
私は私の人生を生きる、それだけだ。
そう悟った時、すがすがしい気分だった。

私の弱点は今はなく、脆い心もすっかり過去のものになった。
私の自信や強さが、言葉を発せずとも、社員にも伝わったのは実感できた。
あとは結果を出す(業績を上げる)ことへの覚悟と信念がブレずにもつことができ、それがそのまま結果に繋がることになった。

私のメンタルの強さがそのまま業績につながる。
これは恐ろしいことだと思ったし、結局私がやらねばならないということだった。
もし、私がメンタルが弱いままだったら、会社は傾いていたに間違いはない。

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

負け組社長になるか、勝ち組になれるか、あのときが分水嶺だったと思う。

2014.09.18

二代目社長の誰にも相談できない孤独、経営者の悩み

経営者は皆孤独、必然的な運命

二代目社長に限定せず、三代目も初代も経営者は孤独だと思う。
誰にも相談できないからだ。
誰も同じ立場の者はいない。
社員の悩みと経営者の悩みは違う。

経営者にかぎらずトップは極度に孤独だ。
孤独の世界で生きなければいけない。
その覚悟がある者が勝ち残れるのだろう。

同じ立場が一人もいない孤独

昔から私は孤独を感じてきた。
いずれ後を継ぐという意味では若い頃から、同じ立場の者はいなかった。
もちろん友達もたくさんいた。
しかし、私の生きていく道には孤独を埋めてくれる存在になんていないと思っていた。
実際に今もいない。

そういえば、凄腕経営者ほどインチキ占い師にはまってしまうという。
誰もが知る経営の神様と言われるクラスほどそういうものにすがっている。
まさに孤独で、自分の心をわかってくれない孤独感が、占いという超越したものにはまらせてしまう原因だと私は思う。
誰もわかってくれない孤独を占い師だけがその心の隙間をついてくるのだ。
まあ占い師で一流と呼ばれる人間は、そのオカルト的な能力ではなく、そういう心の隙間を埋める能力が高いということなのだろう。

どう孤独感と向き合っていくか

経済的にも成功し名声をほしいままにするカリスマ経営者でさえ、言いようのない孤独に心をやられていることから考えても、経営者は孤独を覚悟し、その孤独感とどう向かい合っていくかが大事になる。
経営者ということでは、同じ立場の者は他の経営者がいるが、彼らとも相容れない。
彼らはライバルであり、競争相手なのだ。
仲がいい経営者でも、お互いの孤独は埋められない。

決断を下すのはあくまで私一人なのだ。
責任も最終的には私一人で背負わなければならない。

人には頼れない、頼れるのは私しかいない

私が瞑想に興味をもったのも、言いようのない孤独を癒やすためという理由もあった。
こうブログに書いていて、やっぱりそうだという念を強くしている。
結局瞑想では孤独を埋められなかったが。

孤独が私の人生のテーマだったのは確かだ。
時には女性に孤独を埋めてもらう役回りをさせたこともあった。
そういう恋愛は必ずと言ってうまくいかなかった。
最初は孤独が埋まったものの、すぐに相手の感情と私の感情とのズレが生じ、一緒にいながらも孤独を増すことになってしまった。

孤独感を埋めようとするともっと孤独になる

よく芸能人がちやほやされながら、そして大勢の人に囲まれていながら、孤独感をいっそう強くし、さらに大勢の人の中で孤独を癒やそうとしながら、それでも孤独感から逃れられなくなる構図に似ている。
孤独を埋めようとすること自体が、孤独を一層増させることになることは、岩波先生に後に教えてもらったが、その時は恋愛も友人関係も孤独を埋めることに主眼をおいて選んでいたように思える。

おそらく私の嫌いだった親父も誰にも言えない孤独を抱えていのだろう。
同じ経営者になってそれはわかる。
それでも猛烈な邁進をしていた親父に、私は最初すごい劣等感を感じていた。
私は経営者としての孤独に押しつぶされそうになっていたのに、この違いは何なんだ!?と・・・

孤独? いくらでも歓迎するよ

しかし、岩波先生の心理脳内プログラム(メンタル強化プログラム脳覚醒プログラム)を受けてからは、孤独に対する概念が変わっていった。
まずは人間である以上、孤独は避けられないこと。
経営者ならば孤独なのが当たり前、ならば自分をしっかり根本から確立すること。
人と群れず、他人におもねらず、一人で決断を下すその孤独を楽しむようにすること。

これらのことが身についていった。
いままで私が孤独が嫌で、それを消そうと行動してきたあらゆる行為が、逆に孤独感を強めてしまったことを、トランス状態で思い浮かべて、その心の傷を癒していった。 
そして、その行動の愚をはっきり知覚することができた。
私はこんな思考でこんな行動をしてきたから、逆に孤独感を強めてしまったのだと。

生まれてくる時も死ぬ時も人間は一人だ。
孤独などあって当たり前、覚悟するしかない。
その気持が定まった。
先生が誘導する「脳覚醒トランス状態」で覚悟ができない原因を洗い出し、心を整理し、覚悟ができる暗示を入れてから、孤独がどうこうと騒がなくなった。
心の落ち着きの無さもなくなっていった。
何か私の心に強い柱がガシっとはまった感じがした。
この覚悟ができてからは、自分に自信が出てきて、社員に対しても肝の座った対応ができるようになった。

経営者、役員、社員の違い

これを書いてしまってはなんだが、社員は社員にすぎない。
社員は使われる身で給料をもらう身だ。
同じ立場の人間もたくさんいる。
孤独をお互いに埋められる。
相談相手もいるし愚痴を吐く仲間もいる。

しかし私は違う。
二代目社長という約束されたポストがあったとはいえ、誰にも相談できないその孤独を俺は受け入れて覚悟して生きていく。
その覚悟の量が違う。

なるほど、古参役員も社員も小さく思える

そう感じてからは、劣等感から今まで大きく感じていた一部の社員や役員が小さく思えた。
岩波先生に言われた「覚悟の量で、人は勝ち負けが戦う前から決まる」という言葉はまさにそのとおりだった。
孤独への覚悟がない奴は、大きなことはできなず、逃避と守りの人生になってしまうのだ。

そして今後私がやらなくちゃいけないことは、カリスマ経営者ですらその孤独に負けて占い師に頼ってしまったのを、一生そんなものに頼らず、いつどんな時でも己一人で行くという覚悟をブレずに持つことだ。
毎晩、私はトランス呼吸法をやり、変性意識に入った時、己にこう言い聞かせている。
「俺は孤独のまま一生走り続けてやるぞ!」と。

参考サイト:孤独とは何か? 孤独と悩み、成功するための孤独とのつきあい方(岩波の言葉・講演集)

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2014.09.01

修験道の光と影 私の光と影

修験道の効果と限界と

修験道、これにはとても大きな成果があった。
しかし、同時に私の経営者としての立場から言えば限界も露呈した。それは何故か?

修験道は非日常的な生活を送り、知恵や理性を越えた先の【世界】を体感できる。
自己を追い込み、グダグダとくだらぬ知恵を張り巡らす私を破壊するにはとてもいい方法だった。
実感を伴う充実した時を送れたと思う。
ただしそれは非日常的な時間をおくれたときだけだった。
日常の社長業を送っていると、私の限界を超越したあの感覚では次第にいられなくなってしまった。

修験道と日常のギャップ

心が洗われる素晴らしき感覚は日常業務ですり減らされ、どんどん私はくたびれていった。
あの感覚よ、あの充実感よ、もう一度!と願っても、その感覚体験も忘れていった。
修行が足りない私を呪った。
甘ちゃんの私をどうしようもなく情けなく思った。

最近岩波先生の本(※奇跡の脳覚醒)を読んだが、山奥で得た悟りと現実社会での悟りは全く別と書いてあった。
修験道が山奥で得た悟りだとしたら、生き馬の目を抜く社会の悟りはそれに適応していなければならないと。
何が起きてもどんな社会的経営的逆境が待ち受けようとしても、私はそれにぶれずに生き抜く覚悟と悟りを身につけよう。
このSPEEDが加速して行く世の中では、山奥で得た気づきなり悟りは時代遅れなんだと改めて教えられた。

修験道はすばらしい、しかし挫折した私

さて修験道は多くの教えをえることができたが、私が参加したセミナーでは、この現実社会を生き抜く術を得られなかったし、私も学ぼうとしていなかった。
そこで得られた理性を超えた感覚体験を現実社会にフィードバックをしなかったしできなかった。
理性で生きていることからの解放感がいつの間にか理性で縛られているだけの私になってしまった。

とはいえ毎日修験道を続ける訳にはいかない。
社員を養いより幸福度を増してやり、親父の業績を超えなければならない。
人間関係、売り上げと利益、私の心の乱れ、たくさんの難問に直面し続ける私の人生を呪い始めるに至り、修験道で得られた感覚を二度と取り戻せなくなってしまった。
恩師岩波先生のセミナーを受ける日まで。

瞑想も修験道も超越する感覚体験

そこで私は修験道も瞑想も超えた嘘のような感覚体験を味わうことになる。
そこから私は自信と覚悟を得ることができ、親父の呪縛から解き放たれることになる。
真の心の平穏を幼稚園児以来味わうことになる。
そして山奥で悟った現実社会には通用しない悟りではない、実際的な多くの悟り的気づきを獲得できることとなる。

修験道も岩波先生の技術も、体感実感が肝となる。
その違いは岩波先生の場合、短期間で、いや一瞬で修験道の体感の比ではない深い世界を味わえ、しかもそれを長く保てる。
そして、そこで色々な心のマイナスの処理やプラスの入れ込みができる。
そこが大きな違いだろう。
手っ取り早いし、仕事が忙しい人でも成果が上がる。

Hr4priyadarshikunal
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2014.01.17

潜在意識と無意識の攻略を不可能に感じ、立ち尽くしかない日々 瞑想と修験道

ジレンマ、迷い、不安、人生の課題ばかり

走り出したいのに走ることができない、このジレンマは私にずっとついて回った。
気持ちは急くのに、心は追いつかない、この感覚ほど苦しいものはない。
焦り、苦しみ、不安、落ち込み、イライラ感が私の心を襲った。
この時期は本当に苦しかった。

もっと前へ走って行きたい、しかしどうしてもできない。
なぜできないのか?
考えるほど、邪魔をしているのは己自身しかいなかった。
イライラは私自身に向かった。
そして、それでも処理しきれない感情のはけ口は、周囲にも向かった。
この時の私はどうにもできない自分をの情けなさを周囲に当たることで、どうにかしようとしていた。
これによって離れていった友人や恋人には、今思えば本当に申し訳なく思っている。
未熟だった。
余裕がない、未来もない、現在もない、何重苦だったのだろうか。

潜在意識と無意識に潜む邪魔者

よくよく考えてみると、邪魔をしている自分というものは、自分の無意識・潜在意識に潜んでいるとわかってきた。
これは瞑想といった潜在意識を見つめるものに対して執着していたため、やはり瞑想を追求することで、潜在意識の自分を退治しようと思った。
克己しようと思った。

そうする方法は瞑想の修業をするしかない。
何度も瞑想で挫折している私は、再度はじめてみたものの、どうしても潜在意識に潜む自分に”出会う”ことができなかった。
無意識・潜在意識の攻略が、私の強い思いと実際の行動のバランスをとる唯一の方法とは知っていた。

瞑想の恐怖が出てくる

しかし、頭の表面で色々思ったからといって、潜在意識に響かなかった。
瞑想をやればやるほど私は焦った。
焦ると瞑想は必ず失敗する。
瞑想が苦悩に変わってしまうのである。
目を閉じて心を落ち着かせる行為でさえ、私は恐怖した。

私は呆然自失とするしかなかった。
どこにいっても八方塞がりで、絶望感に襲われた。
何もする気がなくなった。
しかし、走らなくてはいけない、この思いだけがあり、それが焦りとなって私を襲った。

自分を変革するのはそう甘くない

心を落ち着かせないと、私はこのまま狂ってしまうかも、それぐらい追い詰められていった。
なんて潜在意識は手強く手が届かないのか。
それはつまり、己自身の作っている壁を壊せないということ。
唖然呆然、瞑想に取り組めば取り組むほど苦しくなった。
呼吸も実際に息苦しくなった。
目を閉じ瞑想をすると、たちまち心臓の動悸が激しくなった。
10分も落ち着いて、眼を閉じていることもできない。

私の瞑想のサイドのチャレンジは失敗に終わった。
しかし、ここまでくると、逆に潜在意識の攻略をしさえすれば、なんとかなるという気持ちもあった。
方法はなくただ呆然と立ち尽くしかなかったわけだが、その方法しかないと思った。
とりあえず、私はたくさんの潜在意識・無意識・瞑想・催眠・密教に関する本を読みあさった。
少しは気が紛れるからだ。

瞑想がダメなら修験道がある、迷い続ける心

次に私は修験道に興味をもつことになる。
静という瞑想修行がダメならば、動というアプローチだ。
修験道こそが、私の潜在意識に働きかける一番の方法だと心底思った。
考えているだけでは何も始まらない。
動くこと、行動こそが、未来への第一歩だ。
修験道をやるべく私は修業の場を探し求めることになる。

Hr4priyadarshikunal
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2013.12.01

心を安定させ強くするための修行(自己暗示)

瞑想はライフワークだった

私自身の心への探究心はまだまだ続く。
瞑想は私のライフワークになったが(岩波先生との出会いで決定的になった)、やらないよりやったほうがまだまし、という時期が続いた。
私の心がどうにもならない。
私は迷いに迷っていたから、少しでもすがるものが欲しかったと思う。
もし瞑想をやらないままいたなら、もっと私の心は迷走していたに違いない。
それに瞑想をやることで、少しは格好つけたかったからだ。

私はかなり迷っていた。
私の進むべき道がわからなかった。
親父の跡を継ぐという漠然としたものはあったのだろう。
しかし、不安だらけだった。
私には強さが足りない、一番私がわかっていた。
親父もよくわかっていた。
叩き上げなだけに、私の甘いところはイライラしていただろう。

自己暗示の効果について

もっと私は自分のメンタルを強くして、どうにか安定させるために直接的な方法を思いついた。
徹底的に暗示を聴き続けることだ。
「思考は現実化する」と言うように、暗示を常に私自身にかけていけば、いつか強くなることにつながるのだと、ちょっと今から考えて甘い考えをしていた。

そりゃそうだ。
誰だって思いを持っている。
それを現実化させようと自分に言い聞かせているはず。
私だけじゃない。
私よりももっと苦境に立たされた人は、切実に自分に魔法の言葉を言い聞かせているはず。
しかし、低迷した人間は、ずっと低空飛行なのは世の中にざらにある。
そこから這い上がれるほんの一握りの人間だけが、春を謳歌している。

しかし、余裕のなかった私は、暗示をとにかく聞き続けることで、自分を変えようと思っていた。
ほんの一握りの存在になるために。
ある自己啓発のセミナーを行うところから、暗示セットを購入した。
結構料金がかかった。
私はその時、安易にこれを聞けばなんとかなると思っていた(思いたかったのかもしれない)

暗示は潜在意識には染み込まない

いまだから言えることだが、暗示をいくら聴きまくっても、ある精神状態に入らない限り、無意識に染み込まないものだ。
私は理性全開の状態で聞いていた。
それではとてもじゃないが、メンタルブロックを突き破って無意識に入り込まない。
とはいえ、聞かないよりも聞いたほうがましだったため、効果に疑問を感じながら毎夜聴き込んでいた。
電車でも散歩の時でも。

親父が来たらバカにして鼻で笑うに違いない。
お前はそれに頼ろうとしている時点で、すでに敗北者なのだと、言ったに違いない。
それがコンプレックスになった。
次第に暗示を聞かなくなった。
高いお金も無駄になってしまった。

自己暗示が潜在意識に定着するときの条件

後に私が体験してわかったことは、自己暗示はとても大事だけど、自分の壁(=理性)を乗り越えるぐらいならないといけないということ。
つまり意識が極度に変容して「バカになっている状態」で聴きこまないと、馬耳東風状態になるということだ。
精神状態が自分の作っている理性を飛び越えないと、どんなありがたい暗示も意味がないのだと。
いわゆるトランス状態とか究極の変性意識状態に入らないとダメだということだ。

ただ暗示CDを聴きこんだだけじゃ、とてもじゃないがうまく行きっこないのだ。
逆に言えば、暗示CDを発狂するくらい聴きこんで、変性意識が極まる状態に持っていけば不可能ではないということだ。
しかし、現実にはそこまでやる人はなかなかいない。
というのも、そこまで出来る人は、そういう自己暗示CDに頼らなくても、別の形で大きな成果をあげられる人なのだから。

つまり、自己啓発というたぐいは、成功したい人がやるのだけど、ほんとうに成功する人は、そこに頼らないものだという思いに私は至った。
口悪く言えば、成功したいけれど、成功できない人間が受けるものではないかと思う。
自己啓発をやる時点で、本当に成功する人間はその時間とお金と労力を別のことにかけているから、その差は一生縮まらないのだ。

成功する人、頑張っても成功できない人

成功するためには人と同じ事をやってはいけない。
自己啓発やそれ系の本を読むことは、その時点で普通の人間になっている。
だから、成功したくてもできないのだと思う。
でも、私はまだまだ若く、決定的な方法に出会ってもいなかったから、何をしても迷っている人間だった。
それじゃあ、親父に鼻で笑われるのも無理は無いと思う。
(当時は悔しくてたまらなかった。憎しみを持つほどだったが、いまはしょうがないとも思える)

もし心を強くしたいのならば、人がたどった道を安易にたどると、いくら自己暗示を入れても瞑想で心の安定を図っても、意味がないのだと私は思っています。
普通に埋もれてはいけない。
自分の個性を発揮して、主体的に立ち動くことこそが、人と差を広げる最大の方法なのだと気づくまでに私はまだまだ無駄な時間を重ねなければいけなかった。

Hr4priyadarshikunal
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2013.11.12

心の迷いと気持ちを安定させ強くするための修行(瞑想等)

創業者の父親への萎縮と劣等感

ワンマンでやってきた、やり手である強烈な個性を持った親父の威厳の前に、私は萎縮しやすかった。
どうしても親父の前に出ると苦手意識が芽生えた。
小学生の頃から萎縮してきたし、食卓はとくに苦手だった。

創業者に睨まれた二代目蛙

だから親父が食卓にいない時、私はホッとしていた。
この例を持ってしても、私がどれだけ一代目に気持ちが飲まれていたかわかると思う。
そんな私は、当然のごとく、心が不安定になった時期がある。
その都度、私は自分の弱さを嘆き、どうしたら親父のような強さをもてるだろうか、苦慮し始めた。

心が落ち着かない、不安だらけで自信もない。
弱い自分が許せなく、私なりに頑張ったが、いつまでの親父の前では小さくならざるを得なかった。
その葛藤はずっと続いた。
こんな自分が、もし将来親父の跡を継いだ時、立派にやっていけるのだろうか?
そんな将来の不安もあった。

自己の啓発を始める

この現状を打破しなくてはいけない。
私は何かしなくてはいけないと思った。
このままいったら、自分は潰れてしまう、という危機感が襲ってきた。

どうにもならない不安定な私の心
それを変えるために、自己啓発の本を読み始めた。
なるほど、いいことが書いてある。
が、多くの人と同じく読んだときはちょっと心が落ち着くものの、根本的には解決ができない。
相変わらず苦手な場面では苦手だった。

自律訓練法による変化を期待

こうなると心の部分に直接働きかける方法で、どうにかしなければいけない。
だから、私は自律訓練法によって、自己改革しようと思い立った。
自律訓練法は二年ほどやっただろうか。
一向に変わらない。
そして、瞑想を自己流で本を読みつつやり始めた。

しかし心は安定しない。
やればやるほど雑念に支配されて、落ち着かなくなった。
私は何をしてもダメな自分に嫌気が差した。
資格勉強は頑張ったものの、肝心の心根の部分、親父に負けない気持ちを獲得するために努力したこと、すべてで結果が出なかった。

創業者の親父以外にも萎縮

相変わらずの親父の前における萎縮の日々。
友人から言わせれば、あんな親父を持っていたんじゃな、と同情されるも、凄腕の社長であることは間違いない。
まだ親父の下で働く社員や取締役にも、私は萎縮し始めた。
これに関しての劣等感は、今だから書けるが、相当なもので、うまくいかない人生に悔しい思いをする毎日を送っていた。

瞑想への救い

独力の瞑想に限界を感じて、瞑想修行を行うセミナーに通ったこともあった。
そこで同じ悩みを持つ人間と出会い、心がほっとしたことがあった。
俺だけじゃないんだ!
彼らの存在は私を勇気づけてくれた。
一方、瞑想の方は、一人でやるよりもよかったものの、心の安定まではいかず、瞑想状態に深く入ることはなかった。

迷いがどうしても私の頭を支配する。
やればやるほど迷走していくようだ。
心の安定はならず、心の強くならず、逆に私の迷いの強さを認識することとなった。
この時の経験は実はマイナスにはならず、次なるステップにいくためのエネルギーとなったのだが、当時の私は暗く沈んでいた。

友人には考え過ぎだとか気楽に行ったほうがいい、人は人だ、とも言われた。
たしかにそのとおりだが、どうしてもそう思えない。
私の迷走ぶりはこの時が一番ピークだったと思う。

Hr4priyadarshikunal
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2013.06.07

二代目経営者は他の創業経営者からこう思われている

二代目社長への色眼鏡

二代目社長の悩みを書いていますが、今回は二代目社長は人からどう思われているのだろう? というところです。
創業者の長男として生まれて以上、もう「二代目」という色眼鏡で見られてしまうのは甘受しなくてはいけない運命ですが、具体的にどう思われているのか列挙していきたいです。

まずはある方の二代目社長を評した文章です。

二代目社長の中にも立派な人物はいますが、過半数は苦労しないで世襲制によって社長の座が転がり込んできたようで、本人はそれなりに苦労して能力もあるつもりだけど、実際には親の七光りだけしか取り柄がないような人物も中には居るので有りまして、創業社長から二代目社長に代替わりした途端に会社が傾いたなんて事も珍しく無いようですので、ここので二代目社長は無能な人が多いと言い切ってもあながち間違いでは無いと思いませんか?

ただ、二代目社長の場合ですとちょっとした上から目線での発言ですとか生意気な態度について、増幅されると言いますか二代目のボンボンって最初から世間や社内や取引先は表情には出しませんが殆どの人が二代目社長には、蔑んだ感情を持っていたりしますから、余計に二代目の苦労知らずのくせにって思われている所も多いのですよね。

しかしまぁ正真正銘のお墨付きを与えたい位の無能を絵に描いたような二代目社長も世の中には少なく無いと予想するのですが、それもそのはずで有りまして、そもそも経営者とか社長になって人の上に立って指導するとか導くって事は、やはり少なくとも平均的な日本人よりは人望があったり、能力が秀でていたりする必要が有るのでして、並の人間が簡単に人の上に立つ経営者になれる訳もないのでありまして、そう考えると無能な二代目社長が日本中に沢山存在するのは当たり前の話なのかもしれないですよね。

この文章がすべてを表していると思う。偏見も含んでいないわけではないが、私もそういう無能な二代目経営者が会社を傾けさせた例をたくさん知っているので、まあ、反論はしません。

二代目経営者が真に生きる道

つまり、二代目はスタートラインで人よりも有利ですが、偏見や周囲の不安をも背負ってしまう点では、他に類を見ない存在だと思います。
二代目社長の立場としては、どちらにしても「結果を出す」以外道はないわけです。
そうしないと一生死ぬまで「無能」「ボンボン」「親の七光り」「頼りない」などといったレッテルを貼られてしまうわけで、引くことができない以上、打って出るしかない、というわけです。

私はもうやるしかないのだな、前に進んで結果を出して、周囲の評価を変えさせてやる、と強い心で決意してから、やっぱり成果も周囲の評価もかなり向上していったわけで、こういう周囲からの評価もエネルギー源になるわけです。

そうしないともったいないし、変に劣等感を感じていじけているだけじゃ、自分の生きづらさを自分で助長しているようなものだ。
社員はそんな社長に不安を感じるし、取引先も顧客も「あの会社、大丈夫か?」と思わせる。
社長が血縁で引き継がれない会社なら、社長の椅子を交代させればいいが、私たちのようなケースはそうはいかない。

社員の立場から社長を見上げてみる

だから、社員が不安に感じるのは当たり前だ。
会社が傾いて倒産して失業、あるいは赤字で解雇される身になったとしたらたまったものじゃない。
私も同じ立場なら、「二代目、大丈夫か?」と絶対持っていたはずだ。

結論はやるしかないのである。
周囲の眼にいちいちとらわれていたら、心も身も保たない。
二代目社長には結果を出すしかないのだ。

起業家と二代目社長の差異

起業した社長は失敗したとしても、気持と信念さえあれば、またチャレンジできる。
二代目は失敗ができない大前提の上で、チャレンジして行かなくてはいけない。
結果を出すために、どうしていったかというと、また別の話になるから、今度の機会に書いていきたい。

しかし、だ。
打って出て誰もが認める「二代目」という冠が取れた立派な経営者になるためには、孤独な戦いを覚悟しなくてはいけなかった。
否が応でも、孤独である。

トップは孤独なのはもちろんだが、二代目はさらに孤独感がひどいだろう。
いまも二代目社長は絶望と孤独の中でもがいている人も多い。
会合に集まったり、知人・友人の社長もみんな心の闇を抱えている。
かといって、あの人が二代目の孤独を保っているから、ちょっと安心したという風にはならない。

あの人の経営と、私の経営はまた違うのだ。
心の傷の舐めあいをしたからといって、業績が上向くわけでもない。

確固たる自分に憧れて

つまり、孤独も全部ひっくるめた上で、強烈な覚悟をもった人生を送ることに尽きるのだ。
私はやはり、どうしたら覚悟を持つことができるのか必死で自問自答した。
しかし、考えていても答えは出なかった。

瞑想も座禅にも内観にも挑戦したが、なかなか答えが出なかった。
私のやり方が悪いのか、そちらに心が捕らわれたこともあった。
が、ある時にもっと深い私の潜在意識をのぞくことができる機会に接することができた。
そこで強烈な覚悟を持ってやっていく情熱を、私の内面から(脳の奥深くから)わき上がらせることに成功できたと思う。

人からの評価で動くのではなく、あくまで情熱や信念、エネルギーは、己の内部に眠っている。
それによって動くべきだと気づいた。

覚悟が定まった社長だけが『二代目』の冠がとれる

つまり、二代目社長への偏見、評価をバネにすることは、初速の段階で必要だが、ただの劣等感バカで短期的に終わる可能性もある。
一生会社経営に関わっていくならば、永続的に覚悟を決めてやっていくことが必要。
そのための火種は、私の内部にたくさん眠っていることが、潜在意識を強烈にのぞくことによって悟ることができた。

評価は評価として受け止めて、あとはそれに捕らわれず真剣勝負で毎回やっていけば、いつのまにか人の評価なんて変わっていくこと実感したし、二代目社長なんてバカにされることもなくなっていくものだ。

参考記事:勝ち組になるテクニック集(岩波の言葉・講演集より)

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2013.04.30

二代目経営者の悩み その2 人心掌握術・威厳・指導力の悩み

組織、組織、組織

二代目社長の悩み、その2です。
会社はどこまで行っても組織であり、その組織が崩れると、会社も傾いてくる。
スポーツチームに例えるとわかりやすいかもしれない。
サッカー観戦が好きで、出張をかねて、ドイツやスペイン、イングランドに観戦しに行くことがある。

サッカー文化が熟成されていることに憧れるが、組織として機能していないチームは、どれだけいい選手(クラック)をそろえていても、非常にもろい。
しかも、監督が選手と心が離れていると、目も覆いたくなるぐらいボロボロだ。

私はリーダシップをちゃんと発揮できているのか?

お互いに信用できない関係は、どう抗っても修復不能だ。
企業のトップとして、あるチームが崩壊している様を見ると、身につまされる思いをしてしまう。

私は監督として、社長として的確なのか? リーダーとしてうまく組織を束ねて、社員や重役を動かせているだろうか?
社員は二代目の私を疑心暗鬼の眼で見てはいないだろうか?
前に書いたように社長は一人孤独だ。
誰も相談できない。
社内の人間には特にそうだ。

やはり創業社長の親父と比較してしまう

強いリーダーシップを発揮しなければいけない強迫観念に私はかなり苦しめられた。
そうなると、どうしても比較してしまうのが、先代社長たる親父だ。
威厳・威光・リーダーシップすべて揃っていた。
親父を中心に組織としてまとまっていた。

それは他業種から、今の会社に移ってきた時、はっきりそれを感じた。
以前勤めていた所では、組織として強固なものではなかった。
皆、バラバラ、上司もその上も、維持するだけで精一杯で、強固な組織作りと人心掌握術までは手が回りかねていた状態だった。

そこから移ってみたら、親父の人心掌握術は身内から見てひいき目無しに優れていた。
親父が唯一苦しんでいたことは、社員の人材育成の面だった。
本当にもどかしそうにしていた。
もう一人、二人俺がいればいいのだが・・・・親父の口癖だった。
それは不可能だから、効率のいい組織作りに励んでいたのだろう。
集団指導体制ではなく、親父がトップとしてぐいぐい引っぱる、いわば開発独裁国家(シンガポールやマレーシアがいい例)タイプの組織作りだったが。

人心掌握術が足りない

そうなると、跡を継ぐ予定の私(当時)は、親父の構築した組織をそのまま維持運用できるか、ということが不安の種だった。
そして二代目になった時、たくさん困難と課題にぶつかった。
組織作りも結局人間関係の問題だ。
人心掌握術のスキルが欠如していた当時の私にとって、あまりに大きすぎる壁がそびえ立っていた。

疑心暗鬼、将来への不安、維持することの難しさ・・・・これらがのしかかって押しつぶされる様子は社員に悟られたくなかったが、いくら無意識に抑圧しても、どこかで必ず感じ取れる。
人は演技しても、ギリギリの場合、必ず破綻するものだ。
社員は、おそらく私の不安や戸惑いを感じていただろう。
そうなると私の欲した人心掌握術も発揮されないし、不安は組織の中に伝染するから「あの社長、大丈夫か?」などと思われる。

組織は簡単にもろく崩れていく

組織は一度「戸惑い」「不安」が出た時、増幅されていく。次々に伝染していく。
サッカーのクラブチームがいい例だ。
昨シーズンいい成績を収めていたとしても、ちょっと躓くと、「不安」が生まれる。
さらにうまくいかないと、一気にチーム全体に不安が不安を呼ぶ連鎖で、ますます勝てなくなる。
こうなると、監督をクビにして新しい展開に持っていかなくてはいけない。
これは企業経営も全く同じ条件だったから、人ごとではなかった。

心理脳内コンサルタントの岩波先生

私の心理面や脳内面でコンサルティングをして下さっている岩波さんは、非常に暗示をかけることがうまい人だ。
何気ない言葉で、暗示を入れていく腕に長けている。
おそらく、プラスの暗示を入れ込む腕とノウハウにかけて右に出るものはいないくらいの鬼才だが、その人が言った言葉でよく印象に残っていることがある。

「組織の中で一度不安が生まれたら、その人が何をしなくても、強力な暗示のように、別の人間の無意識にスッと入り込んでしまう。不安という空気があっという間に増幅されて増幅する」と言っていた。

「暗示は不安な気持ちの時に、一番無意識に入り込みやすい。そしてなかなか意志の力では取り除けなくなる。言葉を発しなくても、空気と雰囲気によって、組織内の人間の無意識を不安でいっぱいにする。それはとどまることを知らない」

それほどまでに組織運営やシビアだ。
しかも、トップまで不安になっていたら、もう手のうちようが無くなる、という。

虚勢を張っても長続きはしない

どんなことがあっても、私は虚勢を張って生きなければいけないと思ってきたが、演技だけではいつか限界が来ることもわかっていた。
ボロボロに疲労するからだ。
それらの苦しみ・悩みを受け入れてこそ、経営者なのだろう。
しかし、短期的にしのげても中長期的に、今の私のままでは難しいこともなんとなくわかっていた。

決定的に孤独な存在、経営者

そこでまた、経営者は孤独というテーマになる。
どこまでも孤独だった。それが私の人生か。

よく名の知れたカリスマ経営者が、占い師や宗教にはまるという話をよく聞く。
さもありなん、だ。
私はそういう超常的なものに救いは求めないが、気持は痛いほどよくわかる。

こういう悩みもいくら隠そうとしても、どこかで空気として私から発しているはず。
不安が不安を呼ぶ恐慌状態になったら、会社は潰れるだろう。
どうしたらいいのか? 人生でこれほど悩んだ時期はなかった。
同じ社長仲間に相談するのもありだが、プライドもありなかなか本心までは打ち明けられない。

二代目の悩みを解決するために

二代目社長向けの自己啓発セミナーやコンサルティングもあるそうだが、たくさんありすぎて、どれがいいのかわからなくなった。
そこで瞑想や座禅に救いを求めるようになった。
孤独や悩みは、己の中にこそあり、そこを解決しなくては未来はないと思ったからだ。

自分の内面との対話によって状況を突破することにした(後述したいと思う)。
そこで様々な刺激や安らぎを得た。
と同時により、高みを目指したい気持も出てきた。
また、他の問題が私に降りかかってきて、一人で抱えきれない悩みで、私の精神状態が進退ついに極まった時、カリスマと言われる心理・脳内コンサルタントを知る機会があった。

特に意志の力では、どうすることもできない無意識や本能レベルへの訴求効果がかなりすごいと言われて、興味を持ったことがはじまりだった。
私の悩みの解決方法も、私の内面に詰まっていることは確かだった。
そこを克服して、己が向上する以外、人心掌握も指導力の悩みもついてこないと思っていた。
一時しのぎで、「立派な威厳あるリーダー」を演じるのはもう限界だった。

Hr4priyadarshikunal
二代目社長の悩み克服 メンタル強化と脳覚醒奮闘記 index

2013.04.26

二代目社長の悩み その1 孤独、社員との人間関係構築の悩み

職場の人間関係の問題はどこでも第一位の悩み

会社という組織では、必ず職場の人間関係が悩みの第1位に来ています。
どこに行っても、この人間関係という問題は、人を苦しめるものです。
私は親父の会社に入るまで、二代目がよくやる修行の場として、まったく別種の会社に勤めていました(銀行・証券系)

将来は親父の会社を継ぐことは既成事実だったが、その世界を知る必要があった。
職場の人間関係の悩みはそこで経験しているからよくわかる。
しかし、二代目経営者となってからと言うもの、社員時代とは全く質の異なる人間関係で悩みを抱えることになってしまった。

社員時代の人間関係の悩み

社員時代、職場の人間関係は悩みを友人の社員やよき先輩と共有することができた。
だから、人間関係で軋轢があっても、仲間意識が打ち消してくれた。
だいたい皆が共有できる悩みだから、飲みにいった時に打ち明けやすい。
それで盛り上がり、悩みなんかどこかに吹っ飛んでいるなどしょっちゅうあった。

私が気にくわないのか、よく嫌みを言ってくる上司がいた
(どうせすぐ辞めるのだろう。それじゃ経営者として失格だ、とか)
しかし、彼に何を言われても平気だったところもある。
それは人間関係の悩みを共有できる同志がいるという安心感があったからだ。

経営者から見た人間関係の悩み、それは別種の人間関係

しかしなのである。
経営を引き継いでから、何が一番苦労したか、悩みと頭痛の種だったかというと、あらゆることで人間関係だった。
今度は相談できる相手もいない。
昔の同僚とは今も懇意にしているものの、決して共有できない。
彼らは今も社員だからだ。
そう、すごく孤独だった。誰にも相談できない孤独ほど、孤独がつらいことはない。

それまでも私は一匹狼というかマイペースなところがあって、孤独に強い人間だと自負していた。
群れなきゃ何にもできない人間がいたら、ああはなりたくないと思っていた。
(決して社員時代、人付き合いは悪くなかった)
その人間ですら、たった一人という孤独感に苦しめられた。
非常につらかったのをよく覚えている。

古参社員との人間関係

どういう人間関係かというと、社員や古参重役(親父の代からの重役)との関係がまず最初の問題だった。
次に取引先との人間関係でも苦労した。
私自身、彼らとどう突きあっていけばいいかわからなかった。
当然、彼らも二代目の新社長とのつきあい方も難しかったに違いない。

しかし、彼らは社員時代の私と同じく、人間関係の戸惑いを共有できる立場だ。
飲み屋でワイワイがやがや言い合いながら「あの社長は・・・・上司は・・・・」などと言っているに違いない。
(私もやってきたことだから、甘んじて受けよう)

経営者はただ経営していればいいだけではなく

私は新たな種類の人間関係の悩みに一番戸惑っていた。
それでも、表情に出すわけにはいかなかった。
しかし、どういう顔をして会社に行けばいいのか?
社長を継いだからには、あれをしよう、これをしてやるという野望や計画が豊富にあったが、別種の悩みにとらわれた。

社長や経営者は孤独だといわれる。
しかし、この悩みは親父にもわからないだろう。
親父は社員を振り回しても平気な人間だった。
社員との人間関係? 経営陣との人間関係? それがなんだ? そういう男である。
二代目の私は、人的資源を受け継がなければならない運命だ。

親父の代をよく知っている彼らとうまくやらなければいけない強迫観念に駆られだした。
ペースが崩れる。
社員に威厳を示すべきか? フレンドリーに接するべきか?
古参重役に軽く見られないためにどうすればいい?

二代目社長はつらいよ・・・

こういうことを考えていたら、新規事業へのアイデアも具体化できない。
いっそのこと、すべて投げ出して私のやりたいことをやるために、独立した方がマシじゃないか?
二代目社長の悩みは尽きることはない。

この悩みは書くことがたくさんあるから、どんどん書いていきたい。
誰にもこの戸惑いを共有できない孤独が一層追い打ちをかけたわけだが、また今度にしましょう。

Hr4priyadarshikunal
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2013.04.25

二代目経営者と創業者の違い だから二代目は劣等感を感じる

二代目社長はなぜ評価が低いのか?

二代目経営者はなぜ創業者に比べて、頼りなく思われ、時にはバカにされ、不当に低い評価しか与えられないのだろう?
私が思い悩んでいた時期、よく考えたものです。
二代目社長の運命だからしょうがない、私の結論は、運命を受け入れることでした。
しょうがない、それが定めだと。

私は半年以上前から、鬼才と呼ばれる心理・脳内コンサルタントの岩波さんという方のお世話になっている。
岩波先生は無意識技術の大家で、脳の魔術師と呼ばれる天才的な人です。
脳内訴求手法を独自に確立されて、様々な目的の人に、技術やプログラムを提供している。
私も社長仲間の紹介で、お世話になったが、岩波先生と話した時、その疑問が解けた。

創業者のカリスマと二代目の違い

今回のブログは、「リスク」「主体的意志」というキーワードで話をしていきたい。

創業者、つまり私の親父は、ゼロから身を起こした人物だった。
ものすごい貧乏生活を経験し、それを反動として、その道では畏敬の念を抱かれる存在に上り詰めた。
たくさんの失敗をしてきたらしい。

親父が切れ味がすごく、パワーがあったのも、失敗や障害にめげずにその都度立ち上がってきたのも、すべてリスクを自らの意志で選び行動することにあった。
それを岩波さんの指摘で気づくことができた。

いや、私はもしかしたら気づきたくなかったのかもしれない。
自分の置かれた境遇に甘えていたからこそ、無意識で知りたくなかった。
それを指摘された時、私は自分自身の甘えに向き合わなければいけないと思った。
岩波さんのコンサルティングを受けて、最初の大きな前進だった。

高い教育を受けても会社経営には意味は無い

二代目経営者としての私は、満足に高い教育を受けることができ、金銭的な苦労はしてこなかった。
会社が傾いた時も、家計には影響がなかった。よくある○○ショックでそのたび危機が訪れていたらしい。親父が見事立て直したから、私は貧乏を知らないで済んだ。

思春期に起こる精神的な悩みや苦しみは私も誰よりも経験してきたから、苦労を知らないわけじゃない。
しかし、なぜ創業者の親父に比べて、色々な面で劣等感を感じてしまうのか?

私にあって、創業者にある決定的違い

その答えはこうだった。
親父は自らの主体的な意志で困難に立ち向かい、リスクが大きくなっても、何度も乗り越えてきた。
しかし、私は精神的な抑圧や苦しさ、無意識のどうにもならなさを経験してもがいてきたが、自らの意思でリスクのある道、危険な選択をしてこなかった。
向こうから勝手に、リスクや危険が降りかかってきただけだ。
それで「大変だ、苦労している、悩みまくっている」とあたふたしたところで、自ら苦しみの境地に飛び込んでいく人間に比べて、あまりに小さい!

リスクと意思

そうだ! 私はハッとした。衝撃を受けた
さすが、天才だと思った。ズバリと見抜いてくれた。
私も気づかないでいたわけではない。無意識的に知らないふりをしていたのだ。

いかに自分が甘えの道を選んでいて、直面した困難にただ受け身で、自発的にリスクを取ることもなく、飲まれていたことに気づきたくなかったのだ。
このとき、私の行く道は決まったといっていい。

親父をある意味超えてみせる!
私が精神的に親父に勝てなかった原因を悟った。
単純明快に言えば、覚悟が足りなかったのだ。
そう考えれば、親父の背中がますます大きく見えた。
今はもう健康を害しているが、しかし、大きさは変わらない。
そうだ! リスクへの覚悟が大事だ。

甘えと決心

決定的な瞬間だった。
私は自分の甘かった人生にやっと気づくことができた。
こういうことはなかなか自分の中で解決できないことだ。
なぜなら、自分に都合の悪いことは、考えれば考えるほど、無意識に抑圧してしまうのだ。

鬼才コンサルタントである岩波さんは、そこを見事引き出してくれた。
このとき、大きく魂が打ち震えて、燃えている自分がいた。
やってやる! 俺はやるしかないんだ!

Hr4priyadarshikunal
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2013.04.24

二代目経営者の悩みを聞け! 二代目社長メンタル強化奮闘記

先代社長、創業者の親父への萎縮

創業者、つまり私の親父だが、息子の私から見ても、メンタルタフネスと行動力、先見性を兼ね備えていた。
こういうすごい親父を先代に持つと、二代目経営者は萎縮しやすい。
経営に口を出さなくても、無言のプレッシャーをひしひしと感じてしまう・・・

勝手に劣等感や萎縮してしまうこちらが悪いとしても、大きなカリスマという存在をどう克服していくかが、私の課題だった。
取引先や社員は、二代目経営者の悩みをわからない。
どうせ先代に比べてすべてが足りないボンボンとしか見ていないだろう。

二代目経営者の悲哀

成功しても親父の偉業、失敗したら二代目社長が無能だから。
しばらく、この評価から抜け出せなかった。
歯がゆかったし、皆にわかってもらいたかったが、果たして親父ほど私は苦労して知恵を振り絞って、何かをしたことがあっただろうか?
その時点では、まだ無かった。

まあ、私はそれを享受していかなくてはいけない運命だから、受け入れようとずっと言い聞かせていた。
苦労知らずという評価も、親父に比べたら苦労なんかほとんど知らない人間だ。
あたっていたし、反論できない。
勝っているのは学歴だけ。
しかし、学歴など経営には何の役にも立たない。
たたき上げに迫力負けしてしまっては、学歴などすぐ霧散する。

私のアイデンティティはどこに?

私は思い悩んだ。
私の武器は何だ? 私の存在とは?
俺が俺であることを証明するためには何をしたらいいのか?
二代目経営者は苦労していないという風潮があるが、たしかに社長になるまではさほど社会的な意味では辛酸を舐めてはいなかった。
(個人的な悩みはたくさんあったが。それは後述していきたい)

しかし、二代目経営者になった以上、苦労を誰よりもしているわけだ。
これについては人から理解されなくてもかまわない。
しかし、これは私の武器でもない。
やむ得ない状況に追い込まれているだけで、私の主体的な意志で選んだことではなかった。
一番の問題は、この二代目の苦労をどう成果に結びつけるかだった。

業績を上げることだけが唯一の道だった

苦労しても結果を出せない社長は多い。
不況下では特に苦労に苦労を重ねて、更に苦労を背負い込む話ばかり。
結果を出すかどうか、それが問題だった。

どうすれば私は結果を出せるのだろうか?
結果こそが、すべての人間を見返す要素だ。
何より自分自身が一番、結果を出せば信頼できる。
つまり自信になる。
そうなったら、二代目経営者のたくさんの悩みも屁に思えるだろう。

頼りない社長だと思われていただろう

そうとう私は思い悩んだ。
結果を出すといっても、簡単に結果が出ない。
そうこうしているうちに私はジッと社長室に引きこもるようになった。
考えに考えていたが、社員はおそらく頼りない社長だと思っていたと思う。
私はしまいにうつ気味になってしまった。

親父の重圧、古参役員との感情的軋轢、社員からの信頼不足、取引先からの子供扱い・・・
この逆境をはねのけるために、私は何をするべきだろう?
どこを成長させなければいけないのか?
本当に必死で考えた。

経営者の孤独

その時ものすごい孤独感を味わった。
これだけ東京には人があふれかえっているのに、一人きりだった。
孤独に潰されそうになった。
誰も味方がいない。

私は精神的なものに救いを求めるようになった。
寺に行って座禅をはじめるようになったのはこのときからだ。


心と魂の彷徨

私の魂の彷徨はこうしてはじまった・・・・
私が自分自身信頼できるまでに幾多の無駄と苦難と味あわなくてはいけなかった。
今思えば、二代目経営者の悩みを克服するために、通らなければいけない道だったのかもしれない。
克服できた今は、すべてが懐かしい想い出だ。
そうだ! 私はやはり先代社長の親父では味わえない別種の苦労をしてきたのだ。
どうやら、親父と一緒の苦労をしなくてはいけないと思い続けていたのかもしれない。
これもカリスマを親父として、先代社長として持つ二代目の悩みなのだろう。

Hr4priyadarshikunal
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2013.04.12

二代目経営者の悩みと願望

二代目社長の悲哀

二代目社長はつらい悩みがたくさんあります。
先代の社長(実父)やり手でワンマンでエゴのかたまりで、そのカリスマ的指導力で会社をぐいぐい引っぱって来た。
その次の社長(二代目社長)ほど、しわ寄せはドット来るものなんだけど、それが私だった。

親父の息子に生まれた以上、それは運命であり、覚悟していたことでもあったが、これほど苦労を背負い込むとは、想像以上だった。

「○○社長!」なんておだてられるが、内心針のむしろ・・・。
むろん、私はそれを悟られないように気張って威厳を保とうとしてきましたが、どうしても違和感があった。
威厳を装うだけじゃ、本当の解決じゃない。

孤独と評価

二代目社長の悩みはかくも深いものかと孤独にずっと悩んできた・・・
外面だけは、立派な社長を装うとするけれど、それって疲労困憊するものなんだ。
演技だけでは何時か限界が来る、また気張って生きている私を社員は見抜いているような気もしないではなかった。
それがまた悩みの種になった。

二代目の不安と悩み

私の存在は何なのか? 
二代目社長として不適格なのか? 
そもそも社長の器じゃないのか? 

社員は私のことをどう思っているのだろう? 
果たして私についてきてくれるのか?
親父の威光と意向にやられっぱなしではないのか?

取引先から甘く見られてはいないか?
どうやって部下を動かそうか?
その中でも古参社員、役員をどう扱うべきか? 

まだまだ悩み事は山ほどあります。

頼りないやつだと思われることへの恐怖

先代社長と比べられて不当な評価をされていはしまいか、頼りないと思われてはいやしないか? 
しかしそのような心配事を社員に知られたら最後、(大げさだけど)クーデターでも起こりかねないでしょう。

私の二代目社長仲間とはよくこの悩みを話し合いますが、みんな大変な思いをして会社を経営してます。
まさに二代目経営者はつらいよ! なのです。

それでも私はトップとして前進し続けなければならない

とはいえ、弱音は社員の前では絶対吐きません。
それがトップの役割だからです。
孤独だろうが、常に前進して、業績で仕事の内容でも先代を超えてやる野心を持っています。
私にしかできないことは絶対あるはず!

とはいえ、二代目になってから、しばらく、その野心と願望があるからこそ、現状のどうにもならなさで悩む毎日でもありました。
それが大きく変わるきっかけになった出来事を含めて、二代目社長特有の精神状態を書くことができたらと思っております。

最後に一言!
人は変わる意志を持った時、はじめて変われる!

Hr4priyadarshikunal
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